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2017.07.15 Saturday

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    レコードジャケット シモンズ

    2017.07.15 Saturday

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      まあ色々とレコードを出しているようですが「シモンズ」といえばだれ場何と言おうと「恋人もいないのに」ですね

       

      西岡たかしの作品で全フレーズ心地よいハーモニーです、歌詞も女の子の心のなかを覗き込んだもので西岡たかしはこういった詩が上手いですね

       

      シモンズとしての活動期間は意外と短く、実質3年間でした

       

      解散後それぞれ違った道を歩んでいます

       

      田中ユミ(声の高い方ね)はマネージャーと結婚し芸能活動を続けていてラジオDJやソロ歌手を続けています

       

      もう一人のメンバーだった、玉井タエ(ハーモニー担当の方ね)はシモンズ解散後教員免許を取得し英語教師として教鞭をとっています

       

      一時期ベーシスト兼作曲家の後藤次利(おニャン子の歌を作曲していた女たらしね)とも結婚していましたが木之内みどりに略奪され離婚しています

       

      また木之内みどりも後藤次利さんと別れ現在竹中直人と結婚しています

       

      やっぱし芸能界って我々一般世界とは違っているようですね

       

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      レコードジャケット しまざき由理

      2017.07.14 Friday

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         しまざき由理は小学6年の時「チビッコのど自慢」で優勝の経歴があります

         

        一番目のジャケット「愛と死のパスポート」は「バーディー大作戦」主題歌でB面は谷隼人が歌う「明日なき男のバラード」だす、って見ればわかることでした

         

        二番目のジャケット「面影」は「Gメン75」主題歌だす

         

        この人の声はよく覚えているんですがGメンの曲しか知りません、ベスト曲のLPレコードをリリースしているようですがLPレコードって大体A面+B面合わせて12曲くらいでしょ

         

        Gメン関連他の曲ってあったんでしょうかね〜

         

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        レコードジャケット シブがき隊

        2017.07.13 Thursday

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          TBS「2年B組仙八先生」に出演していた本木雅弘、布川敏和、薬丸裕英の3人で結成されたグループだす

           

          たのきんトリオの後を継ぐ後釜ですね

          「ZOKKON命」「アッパレ・フジヤマ」、「噂のポテトボーイ」、「ボーイズ&ガールズ」「スシ食いねェ!」等がヒットしましたが三人共歌は下手くそでしたね

           

          ハーモニーの部分なんか無理やりハモッっていて力ずくのハモりでした ♪す〜が〜り〜つ〜け〜♪ 笑っちゃいましたよ


          いつしか、それぞれソロで活動する事が多くなり、88年11月代々木体育館でのコンサートを最後に解散です


          やっくんは解散後歌手の石川秀美と入籍


          モックンは解散後、映画を中心にドラマやCM等で活躍、そして内田裕也、樹木希林の娘と結婚

          ふっくんは解散後、元アイドルの”つちやかおり”と結婚

           

          こいつらって行動範囲が狭いのと異様な世界なために職場結婚ばっかしね

           

          「シブがき隊」を解散する発端はモックンこと本木雅弘がジャニーズ事務所を辞めたかったことが原因ですが実は薬丸も府川もみんなジャニーズ事務所を辞めたがっていたんですよね

           

          解散してすぐ本木と布川がジャニーズ事務所を辞め、薬丸もその1年後に退社しています

           

          3人共ジャニーズ事務所の異常な“寵愛”から逃げたかったのでしょう、しかも給料は固定されていて月額15万円でした、信じられない低い給料ですね

          タレントの懐ピーピーで事務所はガッポガッポですね

           

          モックンがヌード写真集を出した時、本屋に行くと本木雅弘君の写真集を真剣に見ているオヤジが結構いて気色悪かったのを覚えてます

          あの写真集ってホモおやじ達のおかずになっていたのかな〜

           

          やっくんは今も昔も変わらず悪人面ですね、笑顔を作っていても目は笑っていませんね 信用できない面構えです

           

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          レコードジャケット しばたはつみ

          2017.07.12 Wednesday

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            1952年4月11日に東京で生まれ、父がジャズピアニスト、母がヴォーカリストという音楽環境に育ちました

             

            9才で米軍キャンプで歌い始め、11才で「スマイリー小原とスカイライナーズ」の専属歌手となり、1974年に「合鍵」でデビュー

             

            1977年に「マイ・ラグジュアリー・ナイト」が大ヒットし、この年の第28回NHK紅白歌合戦に初出場を果たしています

             

            銀座のライブハウスで細々とコンサート活動を続けていた。“もうみんな私のこと忘れているよね?”が口癖だったようですが2010年3月27日、急性心筋梗塞により57年の生涯を閉じました

             

            右側のジャケット「小さな瞳 夢見るチョコレート」は  ロッテの宣伝用で非売品のものです、そしてこの曲はパープルシャドーズの「瞳の世界」と同じ曲です

             

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            レコードジャケット しのづかまゆみ

            2017.07.11 Tuesday

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              現在は作詞家の篠塚満由美であり、ものまねタレントとしても活躍していますが、芸能界に入った頃は堂々のアイドル歌手でありましたがデビュー当時はアイドルタレント扱いされるのが嫌だったらしいそうです

               

              物まね番組で見かけたことがあるんだけど「内藤やす子」「桂銀淑」「アンルイス」「朱里エイ子(懐かしいね)」のモノマネをよくしてましたね

              ハスキーボイス系が得意のようでした

               

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              レコードジャケット シェリー

              2017.07.10 Monday

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                元祖ハーフ美女でしたがコメディアンイメージの方が強かったですね

                 

                14歳でハーフ美少女アイドルとしてデビューしていますが、デビュー前は『an・an』、や『non-no』のモデルとして人気絶大でした

                 

                この子はおっぱいが4つあるんだよね、胸の下にできる「副乳」とゆうやつね

                 

                シェリーの主演ドラマ、「オズの魔法使い」がオンエアされて「世界初の立体ドラマ」というフレコミでした

                 

                この番組の主題歌のレコードを買うと、赤と青のセロファンがついた立体メガネがついていて、それをかけると、番組のうち何分間かは立体映像が見えるとゆうものでした、当時としては画期的なものでしたが立体眼鏡がないと半面その部分は見辛くってしかたなかったですね

                 

                また「金曜10時!うわさのチャンネル!!」ではアイドルなのに、浴衣のお尻の部分をめくって「ケツ見ろ!」と叫ぶギャグが印象的に残っています、まさかアイドルにあんな捨て身のギャグをやらせるとはね・・・・

                 

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                レコードジャケット さとう宗幸

                2017.07.09 Sunday

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                  「青葉城恋唄」の大ヒットで宮城県出身かと思っている人もいるようですが違います、生まれ育ったのは岐阜県生まれだす

                   

                  因みに「島唄」を歌ったブームのボーカルも沖縄県出身ではなく山梨県出身だす

                   

                  「青葉城恋唄」は1978年 レコード大賞新人賞受賞のデビュー曲です


                  大学時代からギターを手に歌い始め、NHK仙台放送局のラジオ番組NHK「FMリクエストアワー」でDJを始めましたが番組のコーナーでリスナーから寄せられた歌詞にさとう宗幸が作曲するコーナーがあり当時仙台に住んでいた星間船一(本名星捷一)さん(宮城県東松島市)から「青葉城恋唄」の詩が寄せらその詩にさとう宗幸が曲を付けて作った唄です

                   

                  メジャーデビュー当初は曲を売り出す戦略として、ダークダックスとの競作でしたが仙台の情景と切ない心情をつづった歌詞が心の琴線に触れて発売から約半年で100万枚を突破する大ヒットとなりました(ダークダックスの方はあまり売れませんでした)

                   

                  当時はマスコミがこぞって「地方の時代」を言いだした時代でその機運もヒットを後押ししたものと思われます

                  日本レコード大賞新人賞を受賞したり、紅白歌合戦に初出場したりして、東京と仙台を無我夢中で往復する日々となったようです


                  「青葉城恋唄」はJR仙台駅の新幹線ホームの発車メロディーにも使われています
                   

                  現在では仙台市泉区在住し保護司に任命されたりと、テレビドラマの「2年B組仙八先生」仙八先生を地で行ってますね

                   

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                  レコードジャケット さだまさし

                  2017.07.08 Saturday

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                    「無縁坂」はNTV系ドラマ「ひまわりの詩」主題歌だす

                     

                    吉田政美と組んでいたグレープ時代から日本情緒溢れる曲調がさだまさしの持ち味でしたね

                     

                    「グレープ」を結成した後、国学院大学に在籍していたさだまさしは大学を中退し結成の翌年「雪の朝」でデビューしました

                     

                    日本情緒あふれる曲調が幅広い層に受け、1974年「精霊流し」が大ヒットして一躍スターとなりました


                    その後グループを解散しさだまさしがソロとして再出発「関白宣言」「防人の歌」でブームをおこし中国初公演などで話題を呼びましたが当時大きな借金を抱えていたようです

                     

                    1991年には同じ吉田政美と再び組んで、「レーズン」というグループ名で再デビューしたこともありましたが自然消滅したようです

                     

                    私事ですが笑うと歯茎が大きく見える顔ってどうも好きになれません、さだまさしも然りです

                     

                    さだまさしの妹や息子、娘って音楽関係に進んだようですがまるで目が出ませんね

                     

                    喫煙用パイプショップ「みのへい」もよろしくお願いします
                     

                    レコードジャケット サザン・オールスターズ

                    2017.07.07 Friday

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                      「勝手にシンドバット」を初めてラジオで聞いたとき何を歌っているのか聴き取れなくてすぐにレコード屋に行ってこのシングルレコードを買ってきてレコードを聴きながら歌詞を読んでこんな歌詞だったのかと納得したことがありました

                       

                      独特の字余り台詞ラジオで聴いただけではわかる人は皆無だったと思いますがそれがウケて爆発的大ヒットになりました


                      その後も「気分しだいで責めないで」「いとしのエリー」「チャコの海岸物語」「バイバイマイラブ」など次々とヒット曲を連発し
                      アルバム「KAMAKURA」がミリオンラーとなり、歌手部門で所得番付トップに輝きました


                      その後サザンの活動を一時休止し、88年にシングル「みんなのうた」で活動を再開

                       

                      2000年に出したシングル「TSUNAMI」は200万枚を超える大ヒットとなり、日本レコード大賞を受賞しました


                      故郷・茅ケ崎市で初の凱旋コンサートも行いました

                      その年は私も茅ヶ崎市に住んでいてコンサート会場の野球場は近くだったのでリハーサルの音がよく聞こえてきました

                       

                      今でも覚えているのが「いとしのエリー」の最後のフレーズ

                       

                      ♪ エリ〜〜 マイラブ〜〜 ソ〜〜スウィ〜ト〜〜♪ の部分の絶叫が今でもはっきりと耳に残っています

                       

                      コンサート当日は海岸近くの野球場で行われていたのですが江の島から平塚まで続く遊歩道が会場に入る人とチケットが無くてコンサートの音の漏れを会場外で聴く人でごった返して本来は遊歩道なのですが混雑のあまり遊歩道の役割を果たしていませんでしたね

                       

                      コンサートを企画したど素人達の運営の拙さが近隣の住民に迷惑をかけてしまいましたね

                       

                      勿論私はチケットが手に入らず会場から聞こえてくるリハーサルの音だけで満足するにいたりました

                       

                      コンサート当日の現状を知らない人は信じられないかもしれませんが喧嘩沙汰まで起きていたのですよ

                       

                       

                      さて話はいつの間にか居なくなったサザンの六人目のメンバー「大森隆志」について少しばかり書いてみます

                       

                      ギターを担当していた大森隆志がサザンを脱退した経緯はかなりドロドロしたものがあったようです

                      2001年8月7日にサザンを脱退し、独立、ソロアーティストとして活動することになりましたがその脱退理由は、オフィシャルのアナウンスでは「大森個人のソロ活動に集中するため」というものでしたがそうではなかったのです

                       

                      九州の実家の母親が熱狂的な創価学会員でその影響もあり大森も学会員であったため、サザンの活動と並行して創価学会員としても活動していたのです

                       

                      「聖教新聞」には男子部副本部長として登場していたり、その年の参議院選挙では、公明党候補者の浜四津敏子の選挙の応援のとき自身の歌も歌っていたのですよ

                       

                      サザンのメンバーにも学会への勧誘活動もしていたようです

                       

                      この創価学会の活動がサザン・オールスターズのライブ会場にも影響を及ぼし次第に会場に創価学会の旗を振る観客が多く見られるようになってきたのです

                        こんな旗ね、この旗を街で見かけたら注意するようにね

                       

                      そして大森の奥さんとなる人は創価学会の名誉総裁である池田大作の側近で池田大作の通訳を務めている女性で涼子とゆう名の女です、池田の側近であるうら若き女性となると・・・・お手付きではないかと勘ぐります

                       

                      これにより大森は学会でかなり高い地位にいるものと思われますが単なる広告塔でしょうね

                       

                      そして、創価学会との関係はありませんが大森は今を去ること11年前の2006年5月11日に覚せい剤と大麻の不法所持により逮捕されています、奥さんの涼子も薬物を服用していたとして同じく逮捕されています

                       

                      このことで家宅捜索の結果、自宅にはさらに尋常ならざる量の薬物があったようです、尋常ではない量といわれてもどれくらいの量かはわかりませんが尋常な量ではなかったのでしょう、噂では個人が使う量ではなく売人が扱うほどの量ではなかったのではないかと推測されます

                       

                      結果として懲役2年6か月、執行猶予4年が言い渡されました

                       

                      創価学会ー覚せい剤ー北朝鮮 と思ってしまう私は穢れているのでしょうか・・・教えてください池田先生。

                       

                       

                      大森自身はサザンへの復帰を期待しているようですがサザンとしては最初っから6人で結成したグループではなく大森を除く5人で

                      スタートしたグループとしているようです、大森自体が存在していなかったように思われます

                       

                      「ライブ・ビューイング茅ヶ崎」でサザンの今までの功績を残す映像が流れた時にも初めから、大森が存在しない感じがあります

                       

                      大森の映像を削除していたり、画像加工で大森の部分に得体の知れない人物を入れたりとかして端から大森を除く5人で活動していましたよ〜ってな感じの映像です

                       

                      サザンにしては大森隆志とゆう輩は最初っからいなかった存在なんですね

                       

                      それに反して大森隆志自身ははサザンへの復帰に未練タラタラのようです

                      30周年の時に大森のブログで「サザンに戻りましょう!別に悪いことしてるワケじゃないんだから」「桑田に電話してるけど出ないんだよな〜」等の書き込みを見て神経を疑いましたね、まだ薬が残っているのかと思いましたよ

                       

                      この瞬間で完全にサザンは5人となりました、今後も5人で充分でしょう、大森も心底バカ野郎ではないようで「俺はもう相手にされてねぇな…」というのをようやく悟ったのでしょう、サザンへの再加入をにおわす発言はしなくなりましたね

                       

                      久々に長い文章を書いてみましたが疲れましたよ

                       

                      喫煙用パイプショップ「みのへい」もよろしくお願いします
                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                      レコードジャケット さくらと一郎

                      2017.07.06 Thursday

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                        TBSのドラマ「時間ですよ昭和元年」の挿入歌としてヒットし150万枚の大ヒットでした

                         

                        現在でも活動を続けていますが「さくら」の女性は2代目だす

                         

                        一郎担当は徳川 一郎と名乗っていますが本名は遠藤晃といいます、静岡県の出身なので徳川の姓を名乗ったようですが恐れ多いことです、歌は下手くそです

                         

                        初代さくら担当は芸名「河野 さくら」福島県出身の本名は菅野 和子(かんの かずこ)

                        1978年にソロ歌手に転向。その後2001年に漫談家・松鶴家千とせとコンビを組み、「さくらと千とせ」として「昭和枯れすすき」の新バージョンをリリースしました

                         

                        二代目(現在)さくら担当は「山岡 さくら」群馬県出身で本名は佐俣光子で初代、二代目といずれも歌は上手くありません

                         

                        私、テレビで「さくらと一郎」が歌っているのをみるといつも笑ってしまいます、二人とも下手くそなのに感情を込めすぎて歌っているもんだからかえって滑稽に見えて笑ってしまいます、とくにハモる部分では大爆笑してしまいます

                         

                        一所懸命に歌っているのに失礼かと思ってしまうのですが下手くそさと滑稽さに笑ってしまうのですよ

                         

                        喫煙用パイプショップ「みのへい」もよろしくお願いします